5年間のひきこもりを含む8年間の無業生活から夢が持てる会社へ入社。ディースタンダード株式会社 海崎拓也さん(31歳) 前半

高校卒業後、父の転勤に伴ってドイツへ。ドイツの大学を受験しようとしていた海崎さんでしたが、
システムの違いから受験できず、失意のまま帰国。帰国後、母の闘病生活を支え、母の死を看取った海崎さんは、
自宅にひきこもりながらも家族を支えるために家事を行い続けました。
30 歳を前にうつ状態になったしまった海崎さんを心配した兄からのすすめでコネクションズかわさき(かわさきサポステ)へ。
その後、海崎さんはディースタンダード株式会社でインターンを行い、2015 年10 月、同社へ入社しました。
入社して間もなく5 カ月になる海崎さんに、自宅でひきこもっていたときのこと、「働く」ことへの思いを聞きました。

「家族を助ける」という自分なりの言い訳から
自宅にひきこもる生活を続けた。

失意の帰国から母の死。「家族を助けよう」と“主夫”生活をはじめた。

高校卒業と同時に父のドイツ赴任が決まり、僕は一緒に行くことを決めました。ドイツで大学に行くための勉強をしようと思ったんです。ドイツの大学は留学生でも授業料が無料なので、大学受験を目指してド イツ語の語学学校に通い始めました。ところが、間抜けな話なのですが、1、2 年経ってから、僕はドイツの大学を受験できないことがわかったんです。日本とは教育システムがちがうので、ドイツのギムナジウム(大学入学を目指すための学校)か、日本の大学に1 年通わなければドイツの大学には行けなかったんですね(笑)。
ちょうどそのころ、父の赴任が終わり、家族は日本への帰国を決めていました。僕は迷いましたが、家族と一緒に帰国することにしました。
帰国して、通信制大学で単位でも取ろうと思っていたんですけれど、なんだかダラダラしちゃって……。
そうしているうちに母が難病で倒れ、闘病のかいもなく亡くなってしまいました。そして、僕は、家族のために、母が担っていた家事を引き受けることにしたんです。

「何やってるの?」と言われたくなくて外に出なくなった。

僕には兄もいるんですが、当時、家にいたのは、僕と父と妹でした。妹は大学に行っていて就職活動も忙しそうだったし、父も働いていたので、必然的に一番ヒマな僕が家事をすることになったんです。ごはん を作ったり、掃除したりする以外は、ゲームをしたり、テレビを見たり……。
現実逃避していたんだと思います。家族以外の人に「今、何やってるの?」と聞かれるのが恐怖でしたから、だんだんと家からは出なくなりました。こんなふうにひきこもっていると、「やりたい」という気持ちがなくなっていきます。「やりたいけどできない」と思うことが多くなって、感覚が麻痺していくんでしょうね。
そのうち、「できない自分が恥ずかしい」から、自分の気持ちにふたをして、見ないようにしてしまう。ドイツにいたときにベビーシッターをちょっとやったくらいでほとんど働いたことのない僕は、そんな生活をしながら、30 歳になろうとしていました。

現在は首都圏にあるクライアント先に出社。担当エリア内を車で移動しながら、携帯電話などの電波障害を起こしているエンドユーザー宅を訪問。原因を探って修復する作業を行っている。一日のほとんどを一人で過ごすため、「時間の自由度は高いかもしれない」と海崎さん。

海崎さんの上司・池田 千尋取締役からの
メッセージ

実は、私と海崎さんのはじめての出会いは、私がコネクションズかわさきの職業人講座に出向いたときのことでした。うちの社風やコンセプトを説明したところ、「そんなの嘘でしょ?」と言われたのをよく覚えています(笑)。サポステに来所しているみなさんは、石橋を叩きすぎ、シニカルな態度を取る人が多いですから、海崎さんの発言も「社会に対してまだまだ斜に構えているんだな」と思いました。

兄に誘われて一歩を踏み出してから
7 カ月で入社までこぎ着けることができた。

「アルバイトごとき」と思っていた求人にまったく受からない。

30 歳になる直前に僕は焦りを感じました。とにかく何かしなくてはならないと思った僕は、自宅付近で募集していたアルバイトに片っ端から応募したんです。でも、全滅です。一つも受かりませんでした。い つでも思い立ったときにアルバイトくらいできると思っていましたから、すごく落ち込みましたね。自分を奮い立たせて、どこでもいいから働こうと思ったのに、どこも僕を必要としていない……。
ひどいうつ状態になってしまって、僕は寝たきりになってしまいました。息をするのさえ面倒くさかった。
何カ月もそんな状態になっていましたが、あるとき兄が見かねて「コネクションズかわさきに一緒に行ってみよう」と誘ってくれました。そこから急展開です。
思い切って一歩を踏み出したら、自分で思い込んでいたよりもいろいろな人が僕を助けてくれて、7 カ月後にはこの会社に入社することになったんです。

ディースタンダード株式会社の
人材育成ポリシー

ディースタンダード株式会社の小関 智宏社長は、IT 業界で働く若者の不遇さを感じていたという。必要なときだけ呼ばれるためキャリアアップができず、使い捨てにされる若者たち。この状態を何とかしようというのが創業時の思いだという。「うちは第二新卒や無業期間の長い社員が多いんです。最初のきっかけをつかむのに課題があってつまずいてしまう人たちも、きっかけさえつかめれば伸びるのは早い。しかも、うちにはいろいろな種類の仕事があるので、その人に合った仕事に必ず巡り会える。だから、いろいろな仕事にチャレンジして欲しいですね」と池田取締役。

後半へ